Last Updated : 28th.May.2002


小笠原・父島移動運用記
2002/4/29〜5/7 (父島滞在5/1〜5)

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36.いよいよ最終日、AO−40にQRV

日付が変わって 5/5。6:00 に起床。いよいよ父島滞在最後の日です。いや〜、1週間って短いですねぇ… (^^;)。とは言え、わざわざ小笠原まで来てやったことと言えば、NASDA のロケット追跡所を見学して、三日月山展望台でクジラ見て、亀肉の島煮込とワラの島寿司を食った以外は、泳ぎも潜りもせずナイトツアーにも行かず無線ばっかり (--;)。何にしても、AO-40 が終ったらとっとと荷物をパッキングして発送しなくてはなりません。とりあえず、荷物を「送る」「持ち帰る」「持ち帰るが船に預ける」の3種類に分類しました。7:00 から宿で朝食です。

前浜海岸7:33〜 に AO-27 の南下パス、7:36〜 に UO-14 の南下パスがありましたが、設備の都合で QRV はできません。そこで、C-501 & ホイップでの受信のみ行うことにしました。宿の部屋では空が狭いので、ちょっと歩いて前浜海岸へ。天気はあまり良いとは言えず、とうとう父島滞在中、晴天には恵まれませんでした。

受信結果ですが、AO-27 は何も聞えませんでした。OFF だったのかも知れません。UO-14 では JH7UMF, JI1OCJ, JH0PVF 局を受信しました。

LOS の後、大村の西町をしばし散策しました。そう言えば、無線にかまけてばかりで、ゆっくりと町を歩く時間なんてありませんでしたからねぇ (- -;)。村役場には衛星通信用らしいパラボラとクロス八木がありました。

村役場にあった衛星通信?アンテナ
▲村役場の衛星アンテナ?

前浜海岸は砂ではなく珊瑚でできていました
▲前浜海岸は珊瑚粒の浜でした

父島郵便局。祝日なのでお休みでした
▲父島郵便局

本日午前には 2:09〜13:09 の AO-40 のパスがあります。うち、SQA<20 となるのは 7:01〜ですので、急いで QRV したいところなのですが、なにしろバッテリー運用ですから、長時間の連続運用はできません。それに、あまり早く出ても、ヨーロッパが視界に入るのは 11:00〜 なので意味がありません。そこで、10:00 からの3時間運用を目指して準備することにしました。もっとも、この予定なら 9:30 にウェザーステーションの展望台に上がればいいのですが…、宿に居てもすることがない (^^;) ので、とっとと 8:00 に出発してしまいました。

セットアップ終了。時間が早いので仰角も高い三日月山ウェザーステーションの展望台に到着後、昨日から残しておいたアンテナを確認、誰かにいじられた形跡もなく無事でした (^ ^;)。まあこんな怪しげなものを触る人なんて、そう居ませんわな。早々にセットアップを済ませましたが、IC-821 の電源を入れた時、送信スイッチが ON になっているのに気づかず、2m で送信してしまいました!。幸い、無線機のセットアップが終了するまでコンバータからのケーブルは接続しないよう習慣づけていたことが幸いし、コンバータを焼損してしまう事故は免れたが、…危ないところでした。IC-821 の送信スイッチは、殺してしまった方がいいかも知れませんね。

8:26 に S2-MB を確認、すぐにも出たい気持ちでしたが、そのまま待機することにしました。

8:57〜 に JA8UJR, QRV を開始。交信結果は以下の通り。期待した割にヨーロッパ局が少なかったのが残念でした。

交信局

JH1EKH, JH1NPQ, JH3DJX(CW), JR6LDE, JA1JRZ, JH2ESW, JA3THL, JE2UAZ, JO2OXL, JH9TJT(CW), JA0BBW, JH3TXF, JA8UJR, JH1UBK(SSB/CW), JA4DBY(CW), JH1NPQ(CW), JH3BUM, JM1KVW, JH1AOY, JH5FQC, JR1ASH, JI5MFZ, JO1FEF, VK3KOS, JH1UGF, JN1VNW, JF1SAG, JH1PEF, JA6BQS, VR2XMT, JA3VXH, EX8MLT, OE1VKW, SM0DY, DK2ZF(SB/CW), 9M2OK, OZ1MY, DC8TY, JA8FY(CW), F2BJ(CW), IW5BT, F6BYJ(CW), UU9JJ(CW)

長町さんグループもQRV運用中の写真途中、撤収を終えた長町さんのグループが展望台にやってこられましたので、いい機会だからと AO-40 にも出ていただきました(無論、ご持参の送信機からですヨ)。自分の声が遅れて返ってくると言うのか、かなり新鮮な感覚だったようです。

AO-40 は 計算結果の LOS 時刻よりも長く、13:15 過ぎまで聞えました。仰角はほぼゼロでしたので、2.4GHz のダウンリンクが意外に低い角度まで使い物になることがわかってビックリです。

37.さあ撤収だ!

帰りのおがさわら丸の出港は 17:00 ですが、それに乗せるための宅配便の受付はそんなに遅くまでやっていません。急いで撤収し荷造りを済ませなくてはなりませんので、LOS 後すぐに QRT し撤収しました。忘れ物をするともう取り返せませんが、注意深く展望台周囲を回り、13:45 に宿に到着しました。

このあたりは慌てていたので、写真を撮っていません (- -;)。

とりあえずは腹ごしらえです。急いで行きつけの定食屋に行き、上トンカツ定食で昼食、\1,000- 也。食後すぐに宿で荷物の最終パッキングを行い、宅配便にするスーツケースとバッグ1つを用意しました。宿の車を借りようか、と思ったのですが、バイクのステップにスーツケースがピタリと入るのを幸い、バイクで直接船着場へ運びました。到着して時計を見ると 14:45、宅配便の締め切りを尋ねると 15:00、ゲゲッ、15 分前!危なかった…。料金は2個口で、福岡までわずか3千円ちょっと。かえすがえすも、往路のスカイマーク便の超過手荷物料金が恨めしい…。今度は絶対、事前に宅配便で宿まで送るぞ。

宿に戻ると同宿のダイバーが荷物を詰めていました。締め切りの件を伝えると慌てて荷物を車に積んで行きましたが、やはり間に合わなかったらしくそのまま戻って来ました。チッキで預ける予算が無いとかで、結局船内に持ち込むことにするそうで…狭いのに大丈夫かなあ。

5日間お世話になったレンタルバイクを返却するために、ガソリンスタンドへ向かいました。祝日にも関わらず開店していて助かりました。その後、この時点までの日記を編集してリブレットにいれ、ISDN 公衆電話から JAMSAT-BB にアップロード…しようとしたのですが、全然接続できないのです (--;)。ISDN カードが故障したのか、それとも回線が塞がっていて接続できないのか…、多分後者なんでしょうけどね。時間が無いので接続を断念し、宿のご主人にあわただしく別れの挨拶をした後、会社や知人へのみやげ物 (パッション味のお菓子) を購入、そのままレンタルバイク屋へ行きバイクを返却して、船着場までカートを引いて歩きました。天候はあいにくの小雨でした (--;)。

38.乗船

乗船開始船着場で JE5DTS 長町さんのグループと待ち合わせ、一緒に乗船手続きをして、同じ場所に陣取ることにしました。乗船券の番号は 365、あれ、意外と早い番号です。ひょっとしてそんなに乗らないのかな、と淡い期待を抱きました。

意外にスペースがありました乗船開始が小雨のため 16:00 から繰り上がることになり、早々に並んで乗船することにしました。乗船口で渡された指定席番号は C-3 の 178 番、Cデッキの大部屋(エンジン音がうるさい)の右舷側入り口すぐでた。が、足も伸ばせない難民船状態だと聞いていたのですが、幸いにも足を伸ばして寝ることができる配置です。さすがに寝返りをうつのは厳しそうですが。

とは言え、やはり早めに乗ると言うのはあまり得策ではないみたいですね。デッキで見送りの行事を見ていましたが、17:00 ギリギリまで乗船者があるんです。最後に乗ると開きスペースを余分に使えるから、と聞いていますが…。いずれにしても、殆どの旅客がこの便で父島を離れるはずなのですが、一体何人乗るのかなあ… (--;)。

島踊り見送りに追いかけてくるボート岸壁での見送りのアトラクションか終わり、17:00 をわずかに過ぎて出港しました。おがさわら丸が岸壁を離れると、そこにスーっと1艘のシーカヤックが入ってきました。何をするのかなぁ、と思ったらいきなり倒れてカヤックの腹を見せました。そこにはビニルテープらしいもので「マタキテネ」の文字!。拍手喝采で。

あいにくの雨風の中、それでも島中かと思われるほど多数のボートが、30 分近くも見送りで追いかけてきて、最後に名物 (?) のダイビング!。なるほど、これが父島名物のアレなんですね。これならまた来ようと言う気になるのも、わかります。

さて、定員一杯の 1,000 人ほど乗っているのかと思ったのですが、案内所に尋ねてみると、この便の乗船客数は、1等などの指定席も合わせて 775 名とのこと ('o')。どうやら、G/W と言っても混雑はこの程度のようです。小笠原のシーズンは夏休みと3月であって、G/W は時期はずれなのでしょうね。それにしても、この程度しか乗らないのであれば、2等の乗船券の入手は難しくありませんね。あるいは、夏休みや春休みなどのピークシーズンでも、ぎりぎりまで待てば案外、1枚や2枚くらいの乗船券は取れるのかも。

39.東京への船旅

Cデッキ中央フロアで宴会中のグループも私の居場所まあ、それでも8割の乗船率となると、船内は結構な混雑です。「セミ難民船状態」ってところでしょうか。私の指定席は幸い壁の近くで、荷物置き場が確保できましたので、船内に持ち込んだ荷物を置くことができましたし、幸い、その隣の席を指定された旅客が、廊下か他の場所に移ったらしく来ませんでしたので、2人分のスペースを使って寝ることができました、ラッキー (^ ^)。

船内をあるくと、いたるところに「難民」が (^ ^;)。2等船室が狭いことを最初から承知の上で、階段の踊り場や共用フロアなどに、シートを引いて寝転んでいる旅客が結構いるのです。まあ、通行の支障になる訳ではないし、深夜の消灯時間より後は人通りも無いでしょうから、案外これは素晴らしい手かも知れません。2等船室って、何だかんだ言っても、やっぱり狭いですからね。Cデッキのセンターフロアの階段下を占拠して酒盛りをやっているグループがありましたが、何と同宿のダイバー達でした。

通路を占拠する荷物たち (- -;)邪魔ものと言えば、宅配やチッキ(預託荷物)にせず、船内に(力任せに)持ち込んだ荷物が通路をふさいでいることですね。もっとも、ふさぐと言うほどひどい状態でもなく、キャスター付きのダイビングギアケースが船の揺れに合わせて通路を往復する以外、さほど通行に支障はありませんでした。タくい便の締め切りが早すぎたこともあるのでしょうが、ま、お互い様なのか、文句もあまり聞かれませんでしたけど。

帰り道、船室の居場所のすぐそばに喫煙所のソファがあり、脇にコンセントがあるのを発見しました。非喫煙者の私には、ケムいのは大変なのだが、座ってパソコンを操作できる場所は他には見当たりません。ま、短時間なら何とかなるだろうと、さっそくノートパソコンを広げて今日の日記を書きました。

出港して 30 分もすると波が荒くなったのか、船体が前後に揺れ始めました。とは言え、酔い止めが効いて気分が良かったので、レストランで夕食を取る事にしました。往路は豚のしょうが焼き定食でしたので、今度はハンバーグ定食 \1,150- 也。でも、これは塩気が足りず、あまりうまくありませんでした。ハンバーグも歯ごたえないし… (--;)。

船室に戻ると、同行の長町さんのグループは既にお休み。JD1YAO 碇さんのグループは乗船が遅くて下層の船室になったようでした。早々に日没してしまい、特にすることも無く横になり、早々に就寝。うとうとしていて気がつくと、22:00 の消灯時刻を過ぎていました。


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