Last Updated : 28th.May.2002


小笠原・父島移動運用記
2002/4/29〜5/7 (父島滞在5/1〜5)

前へ | 準備編 | 4/29 | 30 | 5/1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 次へ

アマチュア無線のトップページに戻る


40.船に乗るだけの1日

セミ難民船日付が変わって 5/6。6:00 に起床しました。もう既に小笠原諸島から 500km は離れていますので、既に「小笠原移動運用」ではないのですが (--;)、旅行はまだ終わりません。もっとも、するこは何も無いんですよね。

ですから写真もたいして無いと (^ ^;)。

天候はかんばしくありませんが、波はさほどでも無く、食欲もありました。とりあえずカップ麺で朝食を済ませ、また船室で横に…。楽なんですけど、寝てばかりっての、結構きついですよね。

このままのんりとした航海が、と思っていましたら、11:30 あたりから船体の動揺が激しくなり、Cデッキの窓にまで外の波が打ち寄せる荒れ模様となりました。八丈島沖あたりなので、黒潮を超えようとしているあたりなのでしょうね。この大揺れの中、それでも気分は悪くなかったので、勇ましく、昼食を取りにレストランに行き、豚肉しょうが焼き定食を注文しました。

が、料理ができる前に気分が悪くなってきました。

揺れを甘く見て、酔い止め薬の効果を過信していたようです (--;)。頼んでしまったものは食わねば、とがんばってかき込んだのですが、つけ合わせまで食べる気力が出ません。やむなく一部を残して (あ〜、高いのに勿体無い)、早々に船室に戻り横になりました。上を向くと吐き気はおさまりしたが、しばらく動かない方が賢明のようです。無論、こんな揺れの中、甲板に出て無線をしようなんて気にはなれませんし、第一無線機はチッキで預けちゃってますからね。

神奈川沖の…何だろうコレ?船が東京湾に入ったらしい 16:00 過ぎに、船体の動揺も収まりました。やはり、外海の揺れはハンパじゃありませんね。おがさわら丸はフィンスタビライザーと言う横揺れ防止装置がついているようで、横揺れは殆どなかったのですが、縦方向、つまり進行方法の揺れってのはどうしようも無く、我慢するしか無いみたいです。まあ、正月あたりの便は、船体が 35 度も傾くと聞いていますので、G/W の海なんて、これでもチャチなほうなんでしょうね、きっと。

羽田空港だ (拡大写真)波静かな横浜沖で、海岸の高層ビル群が見えるようになったので、パソコンに PHS 通信カードを装着してデッキに上がり、ネット接続を試みてみました。でも、いくら見えると言っても、やはり航路は圏外ですね (- -;)。陸が見えている程度では PHS は届かないようです。携帯電話なら違うでしょうけど。

そうこうしているうちに、船は羽田空港沖をゆっくり通過して行きました。曇り空の中、夕陽を受けて離陸する飛行機がなかなか幻想的です。いいカメラを持っていれば撮影も楽しいんでしょうけどね。明日は朝イチの便で福岡に帰る予定です。

41.東京に到着

おがさわら丸は定刻より 10 分早く、18:20 に東京・竹芝桟橋に接岸しました。433MHz メインでお迎えの 7L3TDU 福島さんから呼び出しがあり、下船後の連絡を取りました。接岸するところをデッキから眺めたい気もしましたが、何しろ人数が多いのであまりウロつきたくありません。下船口の混雑を避けてかなり後順位で下船、桟橋では既にチッキのコンテナが下ろされていて、キャリーバッグをすぐに受け取ることができました。この時点で時間は 18:40、これなら急いで羽田に向かえば、最終の福岡行きに乗れるかも知れませんね。

船の長旅で疲れていることを考えると、竹芝桟橋の下船口すぐ向かいの芝弥生会館に宿を取っておいたのは正解でした。福島さんと、一緒の便で戻った長町さんのグループ4名とで、ホテル1階のレストランで夕食を取り、しばし歓談。19:30 に解散し、部屋で荷物を広げました。久々に PHS でネット接続、1週間の情報過疎状態からようやく開放されました。

ネットニュースのサイトによると、明日の東京・福岡は雨天だそうで…、カート1個とは言え、博多の町を大荷物を持ってウロつきたくないので、荷物の一部を宅配便にして発送することにしました。


前へ | 準備編 | 4/29 | 30 | 5/1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 次へ

アマチュア無線のトップページに戻る